みんなで財務数字を学ぼう
2019.10.02
自主経営において、社員一人ひとりが、会社の財務について理解していくことは欠かせません。
セムコ社では、どのように清掃スタッフまで会社の財務数値についてトレーニングを行なっているのでしょうか?
「セルフマネジメント(自主経営)」の原則に関する事例の記事を公開いたします。
ーーセムコ社ツールキット記事よりーー
“スタッフ一人ひとりが「期待され(挑戦され)」「イキイキと」「生産的な貢献をしている」状態になれば、組織の利益や成長はそれに派生して自然と生まれてくるものだ。 -リカルド・セムラー”
概要
多くの人々のモチベーション源がお金であるのであれば、なぜ、同時に財務の数字的な報告が始まった途端に眠そうな顔になる人たちが沢山いるのでしょうか?お金に興味があるのだとすれば、自分が所属する組織の業績を理解したいと自然に思うものではないでしょうか?今度のボーナスがいっぱいもらえるのか、はたまたリストラの危機があるのか、業績の数字が何を意味するのか理解できることはそのような人達にとって重要でことであるはずです。そんな中で、財務に関係していない従業員に財務報告についての興味を持ってもらうのがこんなにも難しいのはなぜなのでしょう?
人々が財務報告のプレゼンテーションへの興味を瞬時に失ってしまう理由は、必ずしもプレゼンの仕方や内容にあるのではありません。そこで与えられる情報量が多すぎて、という場合もあるのです。数式・数字というものにアレルギーを持っている人もいれば、エクセルシートに整然と並ぶ数字には全く面白味を感じられないのだ、という人もいます。数字に溢れたプレゼンテーションを一方的に共有されても、多くの人の目は輝かないのです。
けれど、自分の所属する組織の財務データに一度興味を持つことができると、人は経営者のように問題解決に身を投じるようになる、ということを示すエビデンスが世に数多く存在します。自ら会社を作った創業者・起業家のように利益創出の機会を探すようになり、自らの仕事により深いレベルでコミットすることでよりよい成果を上げるようになるのです。
それらを実現する鍵となるのが「簡潔さ(シンプルさ)」です。財務の数字を社員に共有する上で、財務のプレゼンテーションを分かりやすいシンプルなものにし、専門用語や一部の人間しか分からないような数字は省いた組織は、「財務情報を全社員に公開する」というアプローチをより成功裏に実現することができています。掃除担当者から経営トップまでが、数字の裏にあるストーリー(背景や経緯)を理解することができた時、会社の一人ひとりが本当の意味で、組織の状態や行方を「気にしている」状態が作られるのです。
内容
全従業員が組織の業績を理解している状態を作るべく、主要な財務的数字およびKPIについての教育を提供する。職種や理解レベルに関係なくあらゆる人が理解に至れるよう、全員がアクセスできる手法や材料(教材)を用いる。
なぜやるのか?
多くの人間は、財務的な数字と聞くと非常に難しいものだと思ってしまったり、あるいは数字は営業部などの他の部署の問題であって自分に関係しているものではない、と思ったりしてしまいます。はたまた、自分には学がないから、そういった数字は理解できないと思い込んでしまっていることもあるかもしれません。そんな中、企業が財務データを誰にでもわかりやすい形にする努力を行ったり、全従業員に数字を理解できるだけの適切な教育を提供したり、財務データを理解することを積極的に後押ししたりすると、従業員の中で経営に関する当事者意識が促進されます。従業員一人ひとりが事業運営における重要な数字や指標、損益計算書やバランスシート、あるいは様々な収益の流れを理解するようになると、企業経営に自分がどう価値貢献し得るのかを自ら考えられるようになるのです。また、経営陣が行う意思決定についても、その根拠や背景を理解できるようになるからこそ、納得感を持つことができるようになります。
どのように
シンプルでクリエイティブな取っ付きやすい形式での教育:工場で働く人からMBAを取った経営幹部に至るまで、全従業員を対象としたトレーニングセッションを会社の公式な研修とし企画することが重要です。労働組合、そして財務に習熟している人々と協働する形で、どんな知識レベルの従業員にとってもシンプルで取っ付きやすいトレーニング教材を作りましょう。例えばセムコ社では、シンプルな絵と文字で構成されたコマ漫画を使って、会社の業績の核となる重要なKPIだけを説明している教材を使っています。財務の細かい所までの全てについて教育することを目指さないようにしましょう。そうではなく、損益計算書やバランスシートなどのベーシックなコンセプトにフォーカスするのです。ここで目指しているのは、会社が目指す方向に進めているのかどうかを見極めることができるだけの情報の読み取り能力を全従業員に授けることです。年度の序盤に設定した目標全てを達成できそうなのか。難しい選択をすべき危機的状況なのかどうか。とにかく受け手にとって理解しやすい形式のトレーニングセッションを、分かり易い教材を用いて行うことが重要であり、従業員の意欲を瞬時に削いでしまうようなつまらなくて難解なお決まりの企業財務プレゼンテーションなどとは似ても似つかないものにしなくてはなりません。
メンタリングを介して財務に関するリテラシーを積み上げる:全従業員に会社の財務的数字の読み方と解釈の仕方を教える公式なトレーニングセッションとは別に、財務情報読み解きのためのメンタリングのカルチャーを構築していくことが重要です。セムコ社では、本部の人間も現場のオペレーショの人間も、チームリーダー、あるいは財務情報に習熟した他メンバーから、財務情報の読み解きについてのメンタリング(指導)を受けます。これら指導をする側のメンター達は、会社の各数字の裏にある重要なメッセージ(洞察)を新人が理解できるよう、教え、サポートしていく役割を担っています。メンタリングは1対1あるいは少人数グループ形式で行われ、インターンからトップレベルの戦略的採用人材まで、組織に加わるあらゆるメンバーに提供されるべきものです。
全社会議、部署会議で数字を共有する:全社員に会社の財務状況を共有する場を設けましょう。これを行う場としては2種類の会議体が考えられます。まずは四半期毎に開催する全社会議。そしてもう一つが、毎月開催する部署会議です。 より開催頻度の高い部署会議は、参加する人々がより深く財務的な数字を理解する素晴らしい機会です。全社会議、部署会議のどちらも、参加者が安心して、質問したり異議を唱えたりできる空間を作る必要があります。安全な場だと感じられない限り、会社のKPIといったトピックについて個人的な意見を発するという勇気を持つことは難しいでしょう。安全な場を作る上でまず重要なのは、信頼の空気を醸成し、共有する情報について100%の透明性を提供することです。これらの会議は、財務状況の他にも会社の情勢(近況)や業績を社員に伝える機会としても活用することができるでしょう。こういったことを伝えることで、それが良いことだったとしても厳しいことだったとしても、今後取るべきアクションなどについて従業員が心の準備ができている状態を作るのです。
スタッフが会社の数字をみんなの前で発表することを奨励する:会社の数字を発表するといえば、まずは社長や営業部長だったりがすることが多いと思いますが、そのプレゼンテーションを受けて、どんな従業員も質問をしたり異議を唱えたりということを躊躇なく行うよう奨励していきましょう。参加者の立場を変えることで興味深い視点が出てくることがあるため、質問があった数字や異議を唱えられた数字について、参加者側のメンバーが発表を行うよう促します。とはいえ、数字を発表するのは簡単なタスクではありません。発表に含まれる財務データの詳細を理解し、自分の中で完全に咀嚼しなければ、自信をもって数字に関するプレゼンテーションを行うことができません。というわけで、一度発表する立場を経験すると、数字の後ろにある現実をより深く理解できるようになります。例えば、ある月の財務報告のある行で損失が計上されていて、そこに関してあるスタッフが質問をしたとします。そういった質問が出てきたら、プレゼンをしていたリーダーがその質問者に「ぜひその数字について調べて次のミーティングで発表してほしい」と伝えるのです。数字について調べるとなると、その数字に関連する自分の部署の人ともやり取りをするという展開になります。その中で、何が損失をもたらしたのかということが明らかになっていくのです。そうすると、最初は何がどう繋がって損が出ていたのかが分からなかった質問者の中で様々なものが繋がり、組織全体の大きな流れが見えるようになります。そして、バリューチェーンの各パーツが、どうそれぞれに連携し、積みあがって会社全体に寄与しているかが理解できるようになるのです。何より重要なのは、会社の「数字」と呼ばれる業績が、営業だけの責任下にあるものではないということに気づくということです。そうではなく、どんな従業員も一人ひとり、会社の数字にポジティブなインパクトを与えうる存在なのだ、ということが分かるようになります。様々なスタッフが「会社の財務情報を聞くだけの受け手に留まらず、数字を発表する側になること」を促進できれば、従業員のエンゲージメントや当事者意識が向上した未来が待ち受けています。
レポートのデータは厳選して、具体的行動に繋がり得る情報を提供:数字を威圧的なものと感じている人、財務データについてアレルギーがある人は多く、財務情報の共有や教育がなるべくシンプルに、分かり易い形で行われることが極めて重要です。財務についてのプレゼンテーションは、財務に詳しい人間だけでなく、どんな人にとっても分かり易く興味関心を喚起させられるものでなければなりません。そして、本当に皆が知るべき最も重要な数字やKPIだけにフォーカスすることが大切です。従業員が会社の財務状況について知っておく必要があることが、パッと伝わるように。もちろん、数字の細かい所まで把握したいと思っているメンバーがいる場合には、そうできる機会が提供されるべきですが、それ以外のスタッフに共有するレポートにおいて語られるべき数値指標は最大でも6つです。会社が正しい方向に進んでいるのかどうかが分かるような指標を選びましょう。様々なKPIが羅列された発表にしてはいけません。数値データとともに、状況を更に詳しく説明するような定性的な分析が加えられてもよいでしょう。会社の数字が共有されることによって、スタッフ一人ひとりが、自分が組織全体の業績にどうポジティブな影響を与えうるのかということを理解し、自分がどこで価値貢献できるのかを明らかにする。そしてその気づきから従業員一人一人による具体的行動が生まれる、ということが最終的に目指している姿です。
導入難易度
中難度
やるべきこと
– 会社の財務状況についての「大きな絵(俯瞰図)=概要」を見せる
– とにかく全従業員が数字を読めるようになることにこだわる
– 財務的情報について従業員が興味を持てるようなクリエイティブな共有方法を用い、その興味が失われないように定期的に情報共有の場を設ける
やってはいけないこと
– 財務状況の非常に細かいところにまで立ち入った数字や情報を共有する
– 報告の中に沢山のKPIを盛り込みすぎる
– 財務データについて質問したり、異議を唱えたりしにくい空気を作る
メリット
– 従業員の経営者意識(当事者意識)・主体性の向上
– 従業員一人ひとりが企業全体のどんな部分にどう貢献し得るかが示される
– 職場において、スタッフがより深く仕事や同僚とつながりコミットする状態が促進される
デメリット
– 財務情報を透明化することによる、競合にそれが漏洩するリスク
– プロセスに時間がかかる
– 財務に習熟していないメンバーが発表を行うミーティングは望む効果に対しての効率が悪い可能性がある
ケーススタディ(事例)
2014年、ダビ氏はセムコ社のプロジェクトマネジメント部署にジョインしました。入社直後の期間中ずっと、様々なものに疑問を持ち、会社の数字の背景にある「なぜ」を理解することを推奨されたといいます。彼が初めて参加した部署ミーティングでは、チームリーダーによって部署に関係する非常に多くの財務データが共有されました。そこでダビ氏はいくつかの質問をし、共有された数字について疑問を呈しました。チームリーダーは彼の質問に答えた後、ダビ氏に向かって「ぜひ次の部署ミーティングで数字の共有を担当してくれないか」と提案し、ダビ氏はそれに同意しました。
そこから3週間、ダビ氏は何時間もの時間を費やし、部署の財務的数字の一つ一つについてその詳細と真意を理解するために奔走しました。まず、財務諸表にある全ての行についての検証を行い、各行についての真相と背景を知る何人もの人と繋がり直接話を聞く機会を創りました。それぞれの数字を真に理解するという探究を行ったことが様々な人とのやり取りを生み、その結果、沢山ある様々な部署の関係性などについても理解が深まっていきました。同時に、現在直面している課題なども知ることとなり、財務データの後ろにある、なぜ目の前にある数字がその数字なのかという様々な「なぜ」まで腹落ちするに至ったのです。
まだまだ新しく入ったばかりのメンバーではあったものの、部署メンバー全員の前で部署の数字を発表する次のミーティングまでに多くの仲間の時間や後押し、助けや様々な機会を与えられ、非常にしっかりと数字を深掘った理解をすることができました。「そんな数字を理解するための深堀りなどしていないでまず自分の仕事をしろ」などという仲間は一人もいませんでした。そして、彼自身の努力とセムコ社に行き渡っている「互いが互いを助け合い、教え導きあう」メンタリングのカルチャーがゆえに、彼は次のミーティングで自信をもって素晴らしいプレゼンテーションを行うことができました。
そしてこの「次のミーティングで部署の数字を全員の前で発表する」という試みが、何よりも彼にとって職場を理解しチームに溶け込んでいく助けとなりました。自分が関わる事業に関する数字をとことん理解するための自由とリソースを与えられ、数字の奥にある意味を深く理解することができた。それがダビ氏にとっての自信につながり、また、会社・部署の事業についての当事者意識をかきたてました。「所属するチームや部署の一部だ」と自然に感じるようになっただけでなく、同じ感覚を会社全体という組織にも感じるようになったといいます。そしてその感覚が、日々彼が創りだしている組織への貢献の大きな土台となっています。