自分の給与を自分で決定する
2019.10.16
セムコ社が、世界的にもかなり早い段階で取り組み始めた、社員が自分の給与を自分で決定する。という制度について詳細の記事を紹介します。
果たしてそんなことは可能なのでしょうか?
どうやれば社員が自分の給与を、適切に、自分で決めることができるのでしょうか?
こちらは、セムコスタイルの「セルフマネジメント(自主経営)」の原則に関する一つの事例になります。
ーーセムコ社ツールキット記事よりーー
“セムコの様々な施策の中でも、最も様々な意見を集めるのが「従業員が一人ひとり自分の給与を決める」というものです。専門家たちはすぐに、人間の根源的な性質についての見解を持ち出し「自分で決める自由を与えたら、人は皆、妥当な値段よりも高く自分を値付けする」と言ったりします。そういった人たちは、seven-day weekend (毎日が週末)の考え方で「一人ひとり自分の勤務スケジュールを決められる」としていることについても同じように批判するのです、「そんなことをしたら、いつまで経っても出社しない、あるいは遅い出社ばかりになる、あるいは短時間しか働かない人で溢れてしまう」と。しかしセムコ社の経験においてそんなことは一切起きていません。 – リカルド・セムラー “
概要
組織内で働く各個人がそれぞれいくらもらっているかが秘密になっていることは、人々のエンゲージメントを阻害する要因として強力です。7万1千人の企業で働く人々を対象とした調査 PayScale surveyを読むと、給与の非公開が従業員のエンゲージメントに与えるネガティブな影響に驚かされます。驚くべき回答者の82%が、「理由が分かっていれば自分の給与が標準より低くても構わない」と答えており、回答者の67%が、「会社は自分に市場標準の給与を支払っているといっているが、実際には払われていない」と主張しています。そして、「妥当な額を下回る給与しかもらえていないと感じている」と回答した対象者の60%という驚くべき高い割合の人間が「まもなく仕事を辞める可能性がある」と答えているのです。
給与について話すことをタブーとする空気は、「会社=親、従業員=子供」という認識から派生している現象です。会社が従業員一人ひとりを「成熟した大人」と見なさず、「従業員自身が給与を決めるなんて、彼らはそんな判断能力を持ち合わせていない」と従業員のautonomy(自主自立)を制限しているのです。マネージャー層は往々にして、「自分の部下たちは、自分の給与を同僚に知られたくないはずだ」と思い込んでおり、給与についてオープンに話し合いなどしたら、様々なスタッフが分別なく「辞める」といったようなばかげた結論を出しかねない、と信じ込んでいるのです。こういった様々な勘違いが絡み合い、マネージャー達は良かれと思って給与について部下と話をするということを避け、部下たちは給与という面において「見えざる手」にコントロールされているように感じる状況が引き起こされているのです。
そんな中でもBuffer(バッファー社)、SumAll(サムオール社)、WholeFoods(ホールフーズ社)などの企業が、給与を隠し立てする必要などないことを証明し始めました。給与に関連する情報についていつでも誰でもアクセスできるようにすることが従業員のエンゲージメントを高め、企業カルチャーにポジティブなインパクトを及ぼすということが明らかになってきたのです。そしてセムコ社は、「従業員の給与の完全なる透明性」をどこよりも先駆けて実現した企業です。30年も前から、セムコ社では従業員一人ひとりが自分自身の給与を設定してきました。様々な役割、職務についての市場における給与値幅を信頼たる外部調査会社がまず洗い出し、従業員は自分の役割、職務の市場における給与レンジの幅の中で自分が妥当だと思う額に自らの給与を設定するのです。このようなやり方が提案された当初は懐疑的な声が非常に多かったものの、結局、セムコ社のユニークな企業カルチャーの稀有さをさらに一段と押し上げるのに非常に重要な役割を果たす施策となりました。
内容
なぜその額なのかという理由を合理的に説明できる限り、従業員は自分の給与を自分で決められるシステム
なぜやるのか?
従業員一人ひとりに自らの給与を決定する権限を与えるということは、企業カルチャーに大きな影響を与える以外に、組織中の人々に素晴らしい学びの機会を提供します。人は大抵、本来もらうべき額よりも低い給与しかもらっていないと感じているものですが、何か比較できる数字やデータを根拠に言っているわけではなかったりします。なんとなくそう感じているのです。そんな中、会社側が労力を惜しまず様々なデータを集約しあらゆる役割、職務の給与について市場の平均値幅を情報として提供すると、それに応えるかのように従業員の生産性とエンゲージメントが劇的に向上します。自分のもらっている給与の妥当性(公平かどうか)を判断するために必要なあらゆる情報を提供され、エンパワーされていると感じるからです。
どのように?
経営陣・マネージャー層の支持を取り付ける:こうした取り組みを行う前に、経営陣・マネージャー層の支持をとりつけておきましょう。なぜならこれを実施するにあたっては、彼らの時間・労力・リソースを非常に多く要するからです。経営陣・マネージャーの多くが懐疑的である可能性も高く、だからこそ、この施策が「生産性」と「企業カルチャー」に明確なインパクトを与えることを示していく必要があります。
どんな競合をベンチマークとして調査するかコンセンサスをとる(合意する):外部パートナー企業に、様々なポジション(役割・職種)の市場における給与値幅の調査を依頼する前に、市場平均と共に「具体的にどんな他企業」の給与レベルを調査に含めてもらうかを社内で合意する必要があります。ここで加えられる他企業(競合)をどこにするのかについては、経営陣・マネージャー層と現場のメンバー両方からの意見が反映される必要があります。
信頼できる外部パートナー企業に調査・報告を依頼する:調査を依頼する外部パートナー企業は、社内に存在するあらゆるポジション(役割・職種)に関する各種業界の給与の市場平均値と金額額帯(レンジ)を明らかにし、また調査対象としてリストとして提出された他企業(競合)について、これらの企業では該当するポジション(役割・職種)の給与がいくらかであるかを特定し、報告することになります。それらの結果は「業界別平均値」と「対象企業給与レベル」というマトリックス上にマッピングされる形で視覚的に整理されます。ここで出てくるデータが非常に深く調査された信頼足るものであることが非常に重要です。
メンバーとの一対一の個人面談で、各種調査結果について議論をする:従業員一人ひとりと1対1の面談時間を設定し、本人のポジション(役割・職種)に関する関連データを一緒に見ていきます。その中でぜひ「こうした情報を全て知った上で、自分の今の給与については率直にどう感じますか?」や「今の自分の給与設定はフェア(公平で納得感がいくもの)だと思いますか?それとも調整が必要だと感じているでしょうか?」などという質問をしてみましょう。
各従業員に自分の給与を決めてもらう:全従業員が、調査の結果出てきた情報・データすべてにアクセスできる状況を作りましょう。そして、誰もが安心してこれらの情報を見て自分の給料を見直せるようにするのです。例えば、自分の給料が現在27万円/月であるのに対し、同じポジション(役割・役職)の市場給与値幅が30万円-39万円/月であるというデータがある場合、自分の給与を33万-35万/月のパフォーマンスによる変動値幅に設定すると決定してもよいのです。逆に、ここで自分の給与を60万/月に設定することはできません。合理的なロジックで説明されえない給与の提案に関しては即却下であるべきです。
大きな乖離を埋めるべく、様々な形に分散してその差額を補填する:あるスタッフが市場の給与値幅よりもずっと低い給与しか手にしてないと判明した場合、市場レベルまで年間の総給与額を上げるわけですが、その差額については、単純に月額固定給与(給料)を上げることで担保するのではなく、固定給与(月額給料)と変動要素(成果報酬型ボーナスなど)全体で担保されるよう様々な要素を組み合わせて担保するようにしましょう。例えば、以前、変動ボーナスが最大で月額給料の1か月分だったところを、1.5あるいは2か月分にするなどということも含めて考えていくのです(単純に月額給料を上げて解決するのではなく)。
市場環境の現状について従業員に学びの機会を提供する:この施策が、単純に各自の給与を市場レベルに合わせて上げ下げするだけの活動になってしまってはいけません。給与を上げる、現状のまま維持、あるいは珍しいケースですが下げる、というような様々なシナリオがあり得るわけですが、ぜひこの機会を、給与に関する様々な観点を議論し理解を含める、決定された額に納得感を醸成するための機会にしましょう。外部パートナー企業が取りまとめたデータや資料を活用することで、経営層・マネージャー層と現場スタッフの間で行われる給与交渉を超える場にするのです。透明性のある組織としての実践の機会であると共に、本人にとっては「もし今の会社を辞めたら自分がどれくらい稼げるのか」を知る学びの機会にもなります。人は自分の給与の額がとにかく「自分のパフォーマンス」によって定義されていると思いがちですが、「ポジション(役割・職種)」×「自分のパフォーマンス」なんだということを明確に理解するようになるのです。
導入難易度
高難度
やるべきこと
– 市場平均や他社の数字についてのデータの提供は信頼の置ける外部パートナー企業に依頼する
– 透明性の高い議論の場を作る
– 給与について自分が感じていることを率直に言えるような安全な1対1の場を作る
– 自分の考えを主張する上では合理性のある事実・データに基づいた話をする
やってはいけないこと
– 一人ひとりの状況を精査しての給与変更ではなく、全員一律の変更を行う
– 正当化する理由がない事柄を受け入れるようにプレッシャーをかける
– 誰かが自分の給与の見直しをする機会において、その人の要求を呑まなければならないというプレッシャーを感じる
– 給与について話せないこと、タブーな領域を残す
メリット
– 従業員一人ひとりの給与レベルが、市場標準とアラインする
– 給与における業界・市場標準との格差の最小化
– 給与にまつわる不満について透明性高くオープンな会話がなされる
– 会社が物事を公平・適切に理にかなった形で定める意思を持っていることが伝わる
– 従業員一人ひとりが、「市場の現状」「自分自身の市場価値」を知る・学ぶ機会となる
– 人々の給与に関する根拠のない話や、あてずっぽうな決定がなくなる
– 給与というトピックがタブー(触れてはいけない話題)でなくなる
デメリット
– 会社の経営陣・マネージャー層のかなりの時間・労力の投資が必要
– 外部パートナー企業への調査依頼にかなりの費用がかかる可能性がある
– こうした一連のプロセスを経てもなお、自分の給与に不満を持つ人々が存在する可能性がある
ケーススタディ(事例)
「業界のベンチマーク企業の給与水準の情報を元に従業員一人ひとりが自分の給与を設定する」という施策がセムコ社で導入された約30年前、従業員の一人であったホセ・ビオリ氏の決断に周囲一同びっくりさせられることとなった。市場調査を行った結果、彼の給与がやっているポジション(役割・職種)の業界水準給与よりもかなり低いことが判明。そこで会社から、業界水準レベルまで給与を上げることが提案された。だが彼は「僕は今もらっている給与で十分満足しているので結構です」とその提案を断った。経営陣はそれでも昇給を粘り強く提案し続けたものの、結局彼はたった一人の昇給を断った人物となった。今現在彼は、セムコパートナー・ホールディングの筆頭株主の一人になっている。