取締役会に一度参加してみる

2019.10.15

セムコ社の事例の一つに、社員が誰でも取締役会に参加できる。という制度があります。

それはどんな思想のもと、どのように行われているのでしょうか?

取締役会に参加できるようにするその真意は?

セムコスタイルの「信頼」の原則に関する事例の記事を公開いたします。

ーーセムコ社ツールキット記事よりーー

“この施策を展開することが何に繋がるか、どんな力の分配や共生が生まれるのかを正確に知る者はいないだろうが、取締役会メンバー以外の社員が取締役会に参加することで、経営陣は自分たちの様々な矛盾や言行不一致と向き合うこととなり、参加した社員は、自分の意見に耳を傾けられるこの機会によって効力感を感じられるようになるのです。経営陣は自分たちの会社の従業員の存在も、彼らが主張すること・要求することも決して恐れて戦々恐々としてはいけないのです。現実に向き合わないで従業員の声を制圧することよりも、そこに正面から向き合って彼らの声に耳を傾けるほうが遥かに素晴らしい結果をもたらします。 -リカルド・セムラー”

概要

私たちの中にある「取締役会」のイメージは、世の中に溢れるイメージに洗脳されています。-大きくて立派な取締役会専用会議室、ビシッといかついスーツで固めた取締役たちの占有する場所、白熱した議論がされているらしいが、その音が漏れ聞こえてくることは防音壁によって一切ないので、中で何が話され、何がどう決められているのかはさっぱり見当がつかない…。経営トップ陣営が決めることは常に最上級機密事項とされ、その内容の詳細が公になるのは、企業による不祥事が発覚して世間がその詳細を求めたときのみ、ということがほとんどです。

企業ではたらく従業員の多くは、取締役と呼ばれる人々と直接知り合う機会すらほとんどありません。よって、「会社でなされる様々な決定事項は自分たちスタッフを知らない人たち、僕らに関心がない人たちが決めている」というような思いを抱きがちなのです。そして、経営陣の決める経営方針の背景にある合理性や思考を本当の意味で理解できている社員もほぼいないのが現実、といってよいでしょう。

会社の戦略について「策定する人たち」と「現場で実行する人たち」という分けが存在している状態は従業員エンゲージメントという観点で望ましい状態と言えません。現場の最善線にいる従業員一人ひとりが会社から提案される戦略を理解できない、あるいは自分の仕事に結び付けられない状態では、どんなに素晴らしい戦略があってもその遂行が高いレベルで行われることを望めません。

内容

従業員の誰でも取締役会に参加できるよう、毎取締役会に1席空いている席を用意する。

なぜやるのか?

自分が会社の経営戦略の一端を担えたとした時に従業員が感じるであろうエンゲージメントのレベルを想像してみてください。経験値やヒエラルキーのどこの階層にいるか関係なくあらゆる社員が会社のこれからを考える場に参加する機会を与えられると、従業員たちは会社の戦略策定の一部であると感じるようになります。そして何よりも、取締役会の一席を常にあらゆる社員が座れる席として空けて、取締役会議への参加を促すというその姿勢が、組織全体に対して非常に強力なメッセージを放つのです。そこから従業員は「経営陣が何も隠していないこと」「経営陣が透明性高い経営をしようとしていて、管理職層と現場社員のパワーギャップ(権力の格差)を縮小していること」を感じ取るのです。また、通常業務では現場に出ずっぱりで本社やオフィスに近づくことのないメンバーにとっては、経営に参画している感覚を肌で得る機会にもなります。

どのように?

全取締役メンバーの賛同を取り付ける:この施策を展開する前に、全取締役メンバーが賛同している状態を作る必要があります。いくらか懐疑的あるいは否定的な意見が出ることは想定の範囲内ですが、透明性を追求する取り組みの長期視点での価値を認められるメンバーが取締役として残っていくことになります。ずっと賛同しないメンバーがいるとすると、大きな組織的変化の中で自然に淘汰されていくことになるでしょう。よって、こうした取り組みによって取締役会の顔ぶれが変わっていくという未来も想定しておく必要があるでしょう。

取締役会に1席空席があることを全社にアナウンスする:全取締役の賛同を取り付けられ次第、本施策を全社にアナウンスしましょう。「今後、取締役会には常に1席空いている席が用意されることとなり、そこには従業員であれば「誰でも」座る権利がある」というニュアンスを伝えるのです。最初は「また会社が何かを言っている」と信じないスタッフもいるでしょうし、これまで全く透明性のない経営をしていたとすれば、懐疑的な見方をする従業員あるいは混乱するメンバーも出てくるかもしれません。そんな中でも、とにかく「インターン」から「シニア経営層」まで、どんな従業員にもその席に座る権利があること、次回取締役会に参加したいと思えば、今後いつでも申し込むことができることを明確に伝えていくのです。

空席参加申請プロセスをシンプルなものにする:いくら仕組みを作っても参加意思(取締役会出席への応募)の表明プロセスが非常に複雑な分かりにくいものではそもそも意図する「誰でも参加が可能なもの」になりません。参加してどんな場になるのかの想像もつかないようなもののために、分かりにくい大変なプロセスを乗り越えてまで参加意思を表明しようとは誰も思わないからです。だからこそ、参加の意思表明プロセスをシンプルなものにすることが極めて重要です。興味を持った人物は、人事部あるいは取締役会を管轄している部署に簡単な応募フォームを送り、各部署はその応募フォームの内容確認後、出席可能か不可能かの返信を本人に返すといった形です。

従業員が参加するにあたってかかる経費全てを会社が負担する:もう一つ、このような施策があっても参加者を躊躇させてしまうのは、参加にかかる経費を自己負担としてしまうことです。取締役会のために長距離移動をしなければならないような場合は尚更です。参加が決まったスタッフが取締役会に出席するために必要となる旅費や宿泊費に関しては全て会社が負担するという方針を伝えておきましょう。

取締役会中・・・: 空席に座るべく出席したスタッフに対しては、本人の入社歴や経験に左右されない丁寧で敬意をもった対応が必要です。参加するスタッフはまず間違いなく、会社の中でも重役と言われる人たちに囲まれて圧倒された気分になっているはずです。そんな中、本人が居心地よく歓迎されていると感じられるかどうかは、取締役会メンバーの責任です。新しく入ってきた人間にも分かるように議論を進める、空席に座ったメンバーの議論への参加を促す、など出来ることは沢山あります。とはいえ多くのメンバーはそう簡単に議論に参加することができないでしょう。それでもいいのです。取締役会に実際に現場の社員が参加したということ、そしてそこで体験したことを職場にかえって周囲に伝えるということが組織全体にとって大きなインパクトを持つことになります。

これ以外の透明性に関わる施策も同時並行で進める:取締役会の公開が唯一の透明化促進の施策になってはいけません。これ以外の様々な透明化に働きかける施策と相乗効果を出していく必要があります。全社/部署/チームミーティングで、経営方針・戦略について触れているような様々な情報を共有していく、ということもできることの一つとしてあるでしょう。取締役会で議論される重要なトピックの一つは経営数字です。よって、経営数字をまず様々な場で全社員に公開・共有していき、数字を読むための教育を提供していく、ということも同時並行で行われるべきことです。こうした形で進めていくと、もはや取締役会「でしか」取り扱われない議題、というものがなくなっていきます。よって、取締役会各回に参加する1名ずつだけでなく、全従業員が会社経営・組織運営にとって重要な情報にアクセスできること、それがきちんと周知徹底されていることが重要です。とはいえ、情報過多になるとすべてを消化することができず、生産性にも悪影響を及ぼしかねないので、「どんな」情報を「どの程度」提供するのかの最適解を見つけていかなければいけません。

非常に繊細なトピックについては、別のミーティング形式で議論する場を設ける:透明性の徹底は非常に重要ですが、同時に組織の中には「極度に繊細な」情報というものも存在します。そういった情報が含まれたトピックはこの定例取締役会では取り扱わないという配慮を行うのが賢明でしょう。そういった極度に繊細な取り扱いに気を付ける必要があるトピックについては、臨時取締役会を収集し議論・決定を行えばよいのです。とはいえ、全社が会社の様々な数字にアクセスする状態が確立されているようであれば、そんな風に繊細なものとして特別な取り扱いをするまでもなく、既に従業員は何か特別な状況が起きていると気が付いていておかしくありません。

「情報漏洩」のリスクに関しては、信頼の壁を作り、そこへの不安は一掃させる:この施策を行う上では、「参加した従業員が競合に大事な情報を漏らしてしまうのでは」という疑念や不安ではない「信頼」と「安全」の空気を作りだすことがとても重要です。世の中で語られる「情報漏洩」がもたらしうる企業への甚大な被害は幻想です。情報が漏れたとしても競合がその情報を使ってできることは極めて限られており、相手方としてもそんなに待ちわびていることでもありません。「情報漏洩の心配なんてしなくて大丈夫だ」と言い切るぐらい従業員を高いレベルで信頼することで、多くの人間は、そんな信頼をされている中で情報を漏らすことも、競合に売ることも、意味がないと考えるものです。

導入難易度

中難度

やるべきこと

– 取締役全員の賛同を取り付ける

– 従業員一人ひとりが会社から歓迎されている、欠かせない一員と考えられていると感じる

– 様々な議論をみんなが参加できる友好的なものに保つことができる

– これ以外の透明性に関わる施策と並行して実施できる

– 従業員は会社の情報を「漏洩」させたりしないと信頼を置く

やってはいけないこと

– 取締役会の1席への申し込みのプロセスを複雑な、あるいはお金のかかるものにする

– 非常に繊細なトピック(情報)について議論する

– 万が一情報「漏洩」が起こった時に状況がひっくり返ると過度な心配をする

メリット

– 全社に向けたとてつもなくパワフルなメッセージとなる

– 従業員の間にポジティブな空気や好奇心が生まれる

– 従業員の仕事に対するモチベーションを劇的に向上しうる

– 従業員のエンゲージメントと主体性が高まる

– 明確な形で階層間の距離が縮まる(パワーギャップが縮小する)

デメリット

– 導入を提案した際に、取締役会メンバーから反対の声が上がる可能性がある

– 非常に繊細な情報が望ましい速度よりも早く組織全体に広まってしまう可能性がある

– 入社して間もない社員にとっては実際に参加するにはかなりの勇気が必要な可能性がある

ケーススタディ(実例)

今現在セムコ社の営業部署で働いているダニーロ・セラフィーニは、この施策が導入された時インターンだったといいます。当時の彼は、インターンという立場ではあったものの、「この機会を活用して取締役会というものに一度参加してみよう」と決めました。彼が出した出席希望申請は承認され、当日取締役会の会議室に入った瞬間は、その場の雰囲気に圧倒され、たじろいだことを今でも覚えているそうです。一人のインターンが大企業の取締役会に単身乗り込んでいる。そんな現実に急に気がついて、彼の中で与えられた機会を果たして無事乗り切ることができるかさえ分からなくなってきました。ですがミーティングが進む中で彼は、自分という存在がきちんと会議の一部とみなされ、取締役員全員からきちんと敬意を払われていることを感じていきました。当時ビジネス経験もないインターンだった彼が、経営についての議論において意見を述べて貢献できるところはその日ありませんでした。けれど何十年と経った今でも彼は、経営陣のしていたその場の議論が非常に納得感のあるものであったこと、その場で話された会社が次に打って出る策が非常に考え抜かれたものであったことを覚えているといいます。ビジネス経験がない彼でも、きちんと話の筋や論理を追えるような分かりやすい形で進行がなされ、彼でも話についていくことが可能な経験となったのでした。

次の事例も、本当に自分が参加できるとは思っていなかった人物が取締役会に参加を果たしたケースです。ギルハーメ・ギッソンはその当時リオデジャネイロの地で勤務をしている人物でした。そして、取締役会がサンパウロの本社で行われていることは分かっていましたが、まさか自分が選ばれるとは思わないまま、興味に駆り立てられてある取締役会の参加希望の申し込みをしました。すると、サンパウロ本社への行き方と手配された旅程が書かれたe-mailが送られてきて、「次の取締役会の参加者はあなたになりました」と連絡がきたのです。当時彼は、ある地域の営業支社にいる営業マンの一人でしかありませんでした。ですから本人としても、たとえ取締役会に参加したところで、実質的に企業戦略に関する議論に寄与できるような視点やアイディアはないという認識でしたし、実際にそうだったといいます。けれど何より大事だったのは、会社が公言している通り取締役会への出席の権利を誰にでも平等に与えているということが現実だったということであり、それを経験した彼が周囲の同僚にその驚きを共有できたということです。企業の観点からいってもそれは、議論へのアイディア貢献の100倍といってもいいぐらい価値のある効果です。彼の「実際に取締役会に一度参加した」という事実は、組織全体に「経営陣は言った通りのことをやっている。言行一致している」ということを伝えたのです。

  

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ライター:Yusuke Nagai

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